あるべき姿

あるべき姿


「お呼びでしょうか、ヒマリ部長。」


「こんな暑い倉庫に呼び出しなんて⋯」


私達は久しく、ヒマリ部長から呼び出しを受けていた。

呼び出し自体は結構くだらない事でもよくあったが、最近のヒマリ部長は何故か留守がち。

やっと呼ばれたかと思えば場所がミレニアムでも端の方で人通りは無く、モノレール駅からも遠い寂れた場所。

ここはミレニアム内で作成された失敗作や、共食い整備に使用された機体等が集められるガラクタ倉庫だ。

私達は微塵もその意図が読めないまま、この場所に集合した。


「よく来てくれましたね。エイミ、トキ。」


車椅子に乗ったままこちらに向き直り、私達を出迎えるヒマリ部長。

不可解に思った私は、思わず今回の件について問う。


「どうしてこんな場所を?何か異常でもあったのですか?」


「いえ、異常はありません。むしろその逆です。」


問われたヒマリ部長は誇らしげに言葉を返す。

凡そだが、こういう時はヒマリ部長が何かを成し遂げた時だ。

発明にしろ、学問にしろ、その功績は凄まじいものばかり。

だが如何せん、自慢話が長引くのもこういう時だと少し身構える。


「今度は何を?」


「部長、手短にお願い。」


「あら、つれませんね。では簡潔に。」


エイミが長話をしない様に釘を刺したお陰でそれは杞憂に終わり、ヒマリ部長は少し不服げに本題に入った。

だがこれが、私達の終わりの始まりだとは、夢にも思わなかった。


「量産型のアビ・エシュフ…そのテスト機が完成しました。」


「!」


「へぇ。」


興味無さげなエイミの隣で私は思わず目を向く。

リオ会長の指示で搭乗していたパワードスーツ、アビ・エシュフ。

アレはリオ会長しか知り得ない技術がこれでもかと盛り込まれている。

故に量産化など到底不可能だと思っていたからだ。

それにそもそも、量産化の話など一度も聞いていない。

私の現状を一言で言い表すのであれば、唖然と言う他なかった。

そんな私の動揺は他所に、ヒマリ部長は言葉を続ける。


「なのでそのテストパイロットをトキに、サポートをエイミにして頂こうかと。」


「サポート?別にいいけど、何をするの?」


エイミはキョトンとしていた。

それもそのはずだ、彼女はアビ・エシュフに関与した事は一度も無い。

それに対しヒマリ部長は───薄気味の悪い笑みを浮かべていた。


「え?」


ヒマリ部長の笑みに怖気が走った、その時だった。

突如鳴り響いたのはバチン、と何かが固定される音。

そして続いたのはエイミの絶叫だった。


「あ、あ"あ"あ"あぁぁぁぁ!?!?」


「エイミ…!?」


目を見開き、苦しげに頭を抱え、髪を振り乱すエイミ。

余程苦しいのか、服飾品が壊れるのも構わず地面をのたうち回る。

そして気づけば、何もなかったはずの彼女の頭部には紫の怪しげな光を放つドローンが覆い被さっているではないか。

恐らくは光学迷彩か何かで不可視状態のまま取り付いたのだろう。

そのドローンは紫電を迸らせながら取り付いたエイミに、いや、エイミの脳に何かを仕掛けている。

目元はバイザーに覆われ激しく発光しており、視覚情報まで逃げ場が一切無い事が見て取れた。


「ぎひゃっ!?!?あが、げあ、ぎぎぎ?????」


「っ⋯!」


エイミのうなじにケーブルが突き刺さる。

そして皮膚下をペキペキ、パキパキと這い回り、侵蝕していく様子を見て私は漸く我に返った。

愛銃を取り出し、そのドローンを撃とうとセーフティを外す。

だが、もう全てが遅かった。


「ダメですよ、トキ。」


ヒマリ部長の声が響くと同時に、空から私とエイミを遮る様に何かが飛来する。

私の目の前に落ちてきたもの。それはとても見覚えのあるコンテナだった。

そう、アビ・エシュフが格納されているそれだ。


「あの方々の意向に背くことは、決してあってはなりません。」


「あの方々…?ぐっ!?」


浮かんだ疑問を解消する間も無く、目の前のコンテナが開く。

コンテナの暗闇から飛び出したのは、鞭の様にしなる機械の腕の群れ。

私はその先端の分厚い鋼鉄の枷を腕に、脚に、胴に、そして首にガッチリと嵌められる。

そのいずれもが肉に食い込む程にキツく、首枷は呼吸の妨げになるほどだった。


「かっ…は…!ヒマ、リ、部長…こ、れは…!?」


「うふふ…♡貴女のそのしなやかで美しい、バランスの取れた身体は大変喜ばれるでしょう。」


そう言うヒマリ部長の首から下の姿がブレる。身体をホログラムが覆い隠していたのだ。

ホログラムの下に現れたのは、尊厳を欠片も感じない惨めな姿だった。

衣服は腹、乳房、股間を除く箇所を覆うピッチリとした光沢のあるラテックススーツ。

晒された乳房は慎ましいサイズのままだが、その乳首とクリトリスは肥大化して親指程の大きさになっている。

腹の…臍の少し下の、子宮のある箇所には子宮を模した卑猥なデザインのタトゥーがデカデカと彫られていた。

タトゥーの一面には散々殴られたのであろう青あざが生々しく残っている。

その上卵巣を狙ってダーツまでされていたのか、小さな青い点状の刺傷まで見受けられた。

その惨憺たる有様に、私は思わず息を呑む。


「この量産型アビ・エシュフはあの方々に雌だけでなく、武力をも捧げることを目的とした機体…」

「光栄に思いなさい、トキ。貴女はその初号機としての栄誉を授かったのです。」


「ひっ…!?い、嫌…!嫌です…!」


その言葉と共に、私はコンテナの暗闇へと引っ張られる。

嫌だ。絶対に嫌だ。ヒマリ部長みたいに、あんな姿になりたくない!

私は自身に迫る明確な破滅から逃れようと必死に抵抗をする。

地面に這いつくばり、床のコンクリートのひび割れに爪を立ててでも。

爪が剝がれようが関係無い。ああなるくらいなら死んだ方がマシだと。

だが、その抵抗はあまりにも虚しいものだった。


「ああ、安心してください。この損傷は”本機”…こほん、失礼。」

「これは私のベースとなった人格の過去の過ちによる罰です。貴女がこれを受ける事は無いでしょう…恐らく。」

「これからはこの量産型アビ・エシュフが、あの方々の寵愛を受ける時以外の貴女の居場所です。」


「ぎっ…!?」


パチ、と首枷から電流が身体を駆け巡る。

その瞬間に両手両足の筋肉が弛緩し、私は全ての抵抗力を喪失する。

そうして私はあっという間にコンテナの中へと引き摺り込まれてしまった。


「っ──!!」


脚は踵が尻に付く様に折りたたまれて拘束され、膝から脚部に。

腕は不要だと言わんばかりに背中で合掌をさせられ、指先一つに至るまで鉄の輪を掛けられてバックパックへと格納される。

着ていた服はインナータイツに至るまで全て破り捨てられ、代わりに泥状の何かが全身を這っていく。

その何かが這った箇所からは、自慰行為をしている時と同様の快楽を感じさせられていた。


「あっ、ふぁ、あ、んあぁっ…!!」


「気持ちいいでしょう?これから貴女は永続的にイカされますよ。」

「貴女には私達とは異なる方式での洗脳を行いますからね。」


「っ───!!~~~~!!!!」


気づけば視界はバイザーに覆われ、点滅する光に脳が焼き潰されていく。

全身を覆われた私は声も無く絶頂し、その絶頂から下りさせてもらえない。

恐らくこのバイザーが快楽を増幅させているのだろう。

身体の自由はもう無いらしく、目を閉じたくても身体が全く言う事を聞かなかった。

思考はその明滅する眩い極彩色の光にのめり込み、私と混ざっていく。

そうしていると、秘部が泥状の何かに開かれていくのを感じた。


「コアブロック格納、固定。」


「ふぎゅうううう!?!?!?」


秘部に挿し込まれたのは極太の機械触手。

一瞬だけ見えたその先端には球形の何かが付いており、それは子宮口を押し広げ内部へと押し込まれる。

そしてそれは、子宮の内壁へと針か何かを突き立てて根を張ってしまった。

本来は激痛を感じる様なそれですら、今の私には快楽に感じてしまっていた。


「私達の元人格はあくまで素体。オリジナルは削除しますが、この量産型アビ・エシュフの使用者は違います。」

「戦闘システムの都合上、どうしても有機的思考ロジックが必要なのです。ですが、自我はあの方々のお役に立つには不要…いえ、邪魔です。」

「そのため、絶頂により生まれる意識の空き領域に主幹の隷属人格を形成。元人格はその隷属人格の思考評価機能となって頂きます。」

「まあ要するに…貴女はイキながら脳だけを使用されるパーツとなるわけですね♪」


ダメだ。終わる。私が、終わってしまう。

気持ちよくて、意識がぐちゃぐちゃで、何かが入ってくる。

その何かに、私が吸われていく。

マスクが顔を覆い、口と鼻にチューブの様なものが挿し込まれる。

それは、喉奥へ、更にその奥の胃袋まで到達し、マスク自体からは臭いガスが噴出している。

エイミと同じ様に体内をケーブルに這い回られ、メキメキ、バキバキと物理的に壊れる音が聞こえる。

あ、イク。イク。イク───


「隷属し、服従し、その全てを捧げて使われる悦びを知りなさい。」

「それが…私達のあるべき姿なのですから…♪」


「────────────」


無限に続く絶頂の中で、私は思考を放棄した。


──────────────────────────


「ハァッ…!ハァッ…!ハァッ…!」

「リー、ダー…もう無理、だよ、これ…!」


「クソ…!」


あちこちから火の手が上がるミレニアム自治区。

近未来的な建築物の数々も今や瓦礫の山へと変わり果てていた。

C&Cの構成員である美甘ネルと一之瀬アスナは満身創痍で戦闘を継続していた。

辺りには不気味なバイザーを装着した生徒達がこちらに銃口を向けている。

だが本来、ただの生徒であれば強い彼女らが追い込まれる道理は無いのだ。

では彼女らを追い込む、その相手とは───


「もう諦めなさい、ネル。あの方々へ抵抗するなんて、愚かにもほどがあるわ。」


「ええ、リオの言う通りです。そちらの消耗に対してこちらは数を更に増やせます。」

「今大人しく投降すれば、あの方々への便宜も図りますよ?」


ミレニアムの天才2トップ、調月リオと明星ヒマリ。

その両者が率いる量産型アビ・エシュフだった。


「ハッ…うっせぇ、ド変態な恰好しやがって…恥ずかしくねぇのかよ?」


「あの方々指定の恰好の、どこに恥じる事が?そんな事よりも早く降伏しなさい。」

「量産型アビ・エシュフは、エリドゥの電算処理を洗脳済み生徒の脳を使って肩代わりさせてるの。」


「なっ…!?」


ネルの侮蔑を込めた問いに平然と答えるリオ。

だが返ってきたのは絶望的な話だった。


「貴女達が頑張るほど廃品は増えてしまうわ。だからこれは、皆の為でもあるのよ。」


「ちなみに先ほどの貴女達の頑張りで、マキが耐久限界を超えて終わってしまいましたよ?」

「…初号機から七号機もオーバーヒート気味ですね。一度廃熱させましょうか。」


ヒマリはネル達と先ほどまで戦闘を繰り広げていた量産型アビ・エシュフ達に指令を下す。

すると彼女らの正面装甲が開き、中にいた者達の無惨な姿が露わになる。

マスクやバイザーからも籠った熱を逃がすため、上下に移動して外れてその顔が見える様になった。


「悪趣味、な…ッ!?!?」


始まったのは体液と薬液の噴水。

とても大きく肥大化した乳房からは煮えたぎる蛍光ピンクの母乳がブシャア、と勢いよく吹き出す。

女陰も同様で、大量の汁という汁がジャバジャバと吹き出し、辺りが雌の匂いのする蒸気で満たされる。

思わず目を背けようとするネルだったが、彼女は見てしまった。


「おま、えら…」


見知らぬ生徒に混じり、そこにいたのはアカネ、カリン、そしてトキだった。

彼女らは乳房の上部にそれぞれの機体番号とバーコードのタトゥーが彫られ、だらしなく舌を垂らし、白目を向いた、哀れ過ぎる姿を晒していた。


「セミナーはあの方々が私達より先に仕込んでいたノアを起動すれば終わる。」


「後は貴女方だけなのです。さあ、諦めて洗脳を受け入れ、共にあの方々に尽くしましょう?」


ネルとアスナの愛銃の引き金を引く人差し指は、もう力が入らなかった。

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